個性やオリジナリティを主張するのは止めなさい。青の絵描きと黒の絵描きの話。

君はいま、自分の色を持ちたいと言ったね。それは、どうして?

…ふむ。君は文章書きなのか。それでつまり、君は、自分の文章に自分だけのエッセンスを入れたいと、そういうわけだ。



『そう。自分の周りにいる仲間も、私が尊敬する物書きの人も。みんな、自分だけの言葉を持って、個性的な文章に仕上げてる。

それが、私にはないの…。なんだか、自分だけ取り残されているみたいで…』



だから、ひと癖ふた癖ある文章の書き方を教えて欲しかった。そういうわけだね。

そうか。ならまず、個性やオリジナリティを主張するのを止めることから、始めないとね。

君と同じように、自分の個性を色にのせた絵描きがいたよ。彼は、とても綺麗なブルーを描く人だった。私も、彼の描き出すブルーが大好きでね…




photo credit: Cara StHilaire via photopin cc

■青の絵描きと黒の絵描き

フランスの片田舎に、一人の男がいました。名はアーノルドと言い、絵描きでした。

彼の描く絵は素晴らしく、多くの人を魅了していました。コンクールでの優勝は数知れず、彼の絵を一目見ようと、他国から足を運ぶ人も少なくありませんでした。

特に、彼の描くブルーは素晴らしかった。絵の具で描かれたとは思えない、その透明感のあるブルー。

評論家も、彼のことをもてはやしました。「彼は今世紀で最高の画家だ!彼のブルーは決して誰にも真似できない!」。賞賛の嵐は止むことを知りませんでした。

そんな青色に魅せられた人々は、彼のことをこう呼びます。「青の絵描き」と。

彼自身も、その青色こそが自分の個性だと信じ、その青に生命を費やしていました。絶対の自信があるからこそ、彼はキャンバスに青色を塗りつづけました。




ある夏、ヨーロッパを代表する絵画のコンクールがありました。展示会場には、自信に満ち溢れたアーノルドの姿がありました。

それもそのはず。昨年、一昨年とこのコンクールで優勝を果たしている彼にとって、自分の実力を誇示するにはうってつけの舞台。彼は「夏の海」という題材で、そのブルーで勝負を挑んだのです。



展示会場を練り歩き、彼はひとつの大きな人集りを見つけます。彼は自分の作品に集まった人だと疑いませんでした。

「ちょっとごめんよ」

ニヤついた顔を抑えながら、彼は人集りをすり抜けます。その時、横目でちらと見たその絵は、同じ「夏の海」というタイトルの、自分のものとは似ても似つかない絵でした。

海の色は緑色で、空の色は淡い紫色。錆色の太陽が照らし出す浜辺の色は、薄い灰色に染められていました。



『なんて素晴らしいんだ』『今までにない色使い!これぞ芸術だ!』

人々は賞賛の言葉を漏らします。そして、人集りの一番後ろで佇むアーノルドを見つけると、ヒソヒソと話し始めました。

『彼の絵は?』『またあの青色なのかい?まったく創造性がないな』『彼はいつも同じパターンだ。もう飽き飽きだな。』

彼は一言も発しず、消えるようにその場を立ち去りました。




数日後、新聞の見出しには、あの絵が取り上げられていました。「本物現る」という見出しと共に、80歳はとうに超えているだろう老人の写真が、そこにはありました。

記事はこう続けられています。

『若い芸術家アーノルド。彼は今年もまたあのブルーで海を描いた。それはあまりにもありきたりで、何の創造性もない。個性を失った彼の青が、透明感を取り戻す日はもう来ないかもしれない』と。

アーノルドは、一人悩みます。

「自分の個性は、オリジナリティは、この青だ。それは誰もが認めていたじゃないか。みんながそう言ったからこそ、僕はあの青を自分の物にしたんだ。なのに…

創造性とはなんだ?オリジナリティ?僕だけが持つ、僕だけの絵とは…僕はいったい、これから何を描いていけばいいんだ…」



再び新聞に目を落とすと、そこには老人へのインタビューが載せられており、こう綴られていました。

『私は、そこにあるものを、あるがままに描いただけですよ。人によって違う風に見えるかもしれないが、あれが私の見た景色そのものなんです。』

矛先を失った悩みは怒りに変わり、アーノルドは我慢ならず言います。

「何が見たままを、だ!緑色の海なんてあるわけがないだろう!ペテン師め!

そうか。これは、僕への当て付けか。なるほど、ならいいだろう!こちらから、その化けの皮を剥ぎに行ってやる!」




アーノルドは、老人のアトリエの前に佇んでいました。怒りに身を任せて飛び出してきたはいいが、結局何を話したらいいのだろうか。彼は、迷っているのです。

『どうなさった、お若い人よ』

後ろからポンッと肩を叩かれ、振り向いた先にはあの絵描きの老人がいました。

『おぉ。誰かと思えば、青の絵描きアーノルドさんではないですか。わざわざアトリエに足を運んで頂けるとは。

ささ、こんな所にいるのもなんだ。紅茶でも飲んで、ゆっくりしていってくだされ。』

その物腰の丁寧な老人に拍子を狂わされ、当初の文句など何処へやら。彼は言われるがまま、すごすごとアトリエに案内されていきました。



『私のいれる紅茶は美味しいですぞ。妻が絶賛してくれた紅茶だ。…もう飲ませてやることができないのが、残念なのだがね。…こうやって、誰かに振る舞うのも久しぶりだよ。』

アーノルドは紅茶を眺めながら、次の一言を選んでいました。何を話すべきか。どう話すべきか。すると、老人が続けます。

『君のあの青色は素晴らしいね。純粋で、透明で。誰にでも出せる色じゃあない。』

青色…自分にとっての青色…。それを聞いたアーノルドは、言の葉の上から雫がこぼれ落ちます。

「…個性とは…なんでしょうか…」

『はて?』

「個性とは、なんでしょうか?オリジナリティとは、なんなのでしょうか。僕ら芸術家にとって、唯一無二の、自分という存在を主張できるほどの個性とは、いったい何でしょうか。」

気がつけば彼は、自分の悩みを、自分の迷いを打ち明けていました。

「僕は、自分の個性とはあの青色にあると思っています。いや、思っていました。しかし、人々はそれを否定し始めた。単調でつまらなく、オリジナリティに欠けると。僕は…もう何を描いていいか…」

『君には、この紅茶が何色に見えるかね』

「えっ?…この紅茶、ですか?…赤色でしょうか…オレンジに近いと言ってもいい…」

『君には赤く見えるか。私にはこれが、ピンク色に見えるよ。…ほら、その見え方自体が、君の個性だ。』

「何を言うんですか。この紅茶が赤いだなんて、あなたは違ったかもしれないが、多くの人は僕と同じ事を言いますよ。それじゃ僕は、その他大勢だ。」

『じゃあ君にとって、海とは何色だい?』

「あの透明なブルーです。綺麗で澄んだあのブルーこそ、僕にとっての海の色だ。」

『なるほど。…私はね、妻と一緒にいろんな所を旅してきた。そして、いろんな海に出会ったよ。

灰色の海もあれば、君の言う澄んだ青色にも出会った。緑色の海もあったし、紅い海なんてのもあったねぇ。海一つとっても、そこには色んな色があるんだよ。

海だけじゃない。同じ色の物なんて二つとないし、それを見て同じ感じ方をする人も二人といない。すべて、違うんだよ。

君は、知らないだけさ。

君は、もっと多くの物を見てこなくちゃいけない。もっと多くの景色を目にして、もっと多くの経験をしてごらん。

個性とか、君らしさとか、そういう物はテクニックや技法を指す言葉じゃない。君が織りなす全ての表現こそが、君の個性だ。

しかし、それは君の中から湧きでたものではないんだよ。残念な話だけど、君から沸き起こったもの、0から生まれたものは何一つない。

君から発せられる表現すべては、今まで経験した事、見た物、感じた物が組み合わさっているだけなんだ。

だから、君はもっと多くの物を見てこなくちゃいけない。』



「しかし、あの青色を失ったら、僕の個性は何処にもなくなってしまうんだ」



『君にとっての個性とは、本当にあの青色なのかい?

例えば、もしこれから先、あの青色を表現できる絵描きが現れたら、君はどうする?また違う、自分だけが出せる色を探すのかい?

それではイタチごっこだよ。次から次へと自分の個性を探して、失って、落胆する。

君にとっての個性とは、あの絵さ。あの透明なブルーが織りなす、あの作品こそが君の個性さ。

君はあの青色が個性だと主張して、あの青色に頼ってきただけ。青色を盾にして、守られていただけだよ。

オリジナリティや個性、創造性を求めるのなら、もっと多くの経験をしなさい。多くの物を見て、感じて、そして表現しなさい。

君はまず、あの青色を活かすために、もっと自分を広げなくてはいけないよ。』




5年後、その老人の人生は幕を閉じた。

その葬儀に参列したアーノルドの手には、一枚の額縁が握られています。綺麗な金色があしらわれた額縁。そこには、一枚の絵が描かれていました。

濃淡で描き出された広大な黒い海。そこに、あの透明感のあるブルーで彩られた太陽の光が差し込んでいました。

「あなたは、本当に多くの色を持つ人だった。いろんな色を彩り合わせた、黒の絵描きだ。この光は、あなたが私に与えてくれた光だ。」


■あとがき:どれだけ多くを経験するか

君は物書きであって、絵描きではない。けれども、同じ芸術を生業としている点では、君も青の絵描きと同じだろう。

君は、自分だけの言葉が欲しいと言った。絵描きは、自分だけの青が欲しいと言った。

けれど、君が本当に手に入れたい “君だけの言葉” は、言葉尻やテクニックではないはずだよ。

だから、個性やオリジナリティを出そうと努力するのは止めてしまおう。君には、もっとやるべきことがある。



君の語る語り口、文章、言い回し、そして表現方法。それら全てが織り成す作品こそが、君の個性だ。

逆に、それらの作品のすべては、君から生まれている。君だけが持つ、君の中にあるものを表現した結果だ。

だからまずは、多くの経験をして、多くの文章を目にして、多くの人と出会ってもらいたい。

そこから滲み出る表現が、言葉になり、君という人間が他者に伝わっていくんだよ。



from your @bamka_t



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