【前回のおさらい】一年生のかすみさんが、レポート課題に戸惑いながら相談にやってきた。
“レポート課題を進めるコツはありますか?”
提出一ヶ月前に聞きに来てくれたかすみさんには、きちんと教える時間がありそうだ。
(前回のお話はこちら)Twitterをメモに!フローをストックに変えてみよう
レポートってなんだろう?
「でも、レポートの書き方って、大学に入ってすぐのゼミでやるよね、思い出してみようよ」
明日香さんが先輩らしくアドバイスをすると、かすみさんは涙目で答えた。
「そのときは、”コピーアンドペーストで作っちゃダメ!”としか言われなかったような・・・レポートの形式面については習った覚えがあるんですが、どうやって書くか、って、いまいちよくわかりませんでした」
あー、最低限は教わったけど、いざ自分で書いてみようとなると訳がわからなくなっちゃったみたい。
「それじゃ、二年生の明日香さんと進吾くんにも聞くけど、レポートって何かな?」
ちょっと腕組みをして、進吾くんが答えた。
「先生が枚数を指定して授業外で書かせる文章のことっす、毎回〆切が怖いっす」
まあ、確かにそうだけど。
「指定された本を読んだり、調べ物をして、結果をまとめることじゃないですか?」
うーん、惜しいけどそれだけじゃない。
「それじゃ、君たちにはこの本をおすすめするよ」
「えーっと、俺たちが悩んでいるのは”論文”じゃなくて、レポートっす」
「いやいや、この本は、レポートの書き方を大学一年生がひとりで学ぶことができるように書かれた本なんだ」
さっそく手に取った明日香さんは、驚きの声をあげた。
「あー、この本、先生と学生の対話でできてるんですね!」
そう、実は皆さんが今ごらんになっている文章のような、対話形式です。
「実はね、21ページに、その学生(作文ヘタ夫さん)が書いた(という設定の)レポートがあるんだけど・・・なんだか力が抜けていく文章なんだよね・・・引用するのがはばかられるくらいに」
「え、長さ的にはよくできてるんじゃないすか?」
あ、進吾くんも・・・こりゃ重症だ。
「それで、レポートって何なんですか?」
そうだ、それに答えなきゃ。
「レポート課題っていうのはね、論文を書くための練習なんだ。書くことが出来なければ、キチンと読むこともできないからね、専門教育に入る前に最初にやるんだよ」
「それじゃ、論文って何ですか?」
「問いと、答えと、論拠がそろった文章だよ」
【鉄則5】論文にはつぎの三つの柱がある。
(1)与えられた問い、あるいは自分で立てた問いに対して、
(2)一つの明確な答えを主張し、
(3)その主張を論理的に裏づけるための事実的・理論的な根拠を提示して主張を論証する。
(戸田山和久『新版 論文の教室 レポートから卒論まで』NHKブックス、2012年、42頁)
この定義は、文系とか理系とかに関わらない、およそ論文というものの骨格とでも言うべき定義だね。
レポート課題を出す目的
「レポートが論文の練習っていうのはなんとなく分かりますけど、全部が全部そうなんですかね?」
「単に長い文章書く練習をさせるだけなんじゃないですか?」
そんなはずはないんだけど・・・ここに学生からみたレポート課題と、先生からみたレポート課題の意義のズレが現れている。
「この本は徹底して学生目線で書かれていて、その中でも”目から鱗”だった点があるんだ。もう一つ引用するね」
論文の課題はつぎのように四種類に分類できる。
・報告型の課題
(イ)読んで報告するタイプ
(例)ピーター・シンガー著『実践の倫理』昭和堂(1991年)の第三章を読み、要約しなさい。
(ロ)調べて報告するタイプ
(例)オランダのいわゆる「安楽死」法について、調べて報告しなさい。
・論証型の課題
(ハ)問題が与えられたうえで論じるタイプ
(例)動物に権利を認めるべきかについてあなたの考えを自由に展開しなさい。
(ニ)問題を自分で立てて論じるタイプ
(例)その他、生命倫理にかかわるテーマについて自由に論じなさい。
(戸田山和久・前掲書、19頁及び55頁。挿入や強調等の編集を行った。)
「たしかに、そう言われてみれば、だいたいこんな感じですね」
「なんでこれが”目から鱗”だったんですか?」
「この4種類、後ろに行けば行くほど難しいっていうのはわかるかい?」
・・・。あれ、3人とも黙り込んでしまった。
「難しい学術書をまとめるのって骨が折れます、(イ)はイヤだな」
「オランダのことなんて知らないし・・・でも、動物の権利ならテレビで見ましたね」
「自分で自由に決められる方がラクじゃ無いっすか?」
ありゃりゃ。これ、ヘタ夫くんと同じパターンですね。
「それじゃあ、試しに、かすみさん達に出されたレポート課題、一緒に考えてみてよ」
「ええと、昨年と同じなら、”講義をした7人の先生からひとりを選んでレポートを書きなさい”だったよね」
「はい、なので、ぱうぜセンセの講義、まとめてきました」
「おお、これはオレが読んでもよく分かるノートだね。・・・それで?」
「センセが教えてくれた文献も読みました」
「うん、ちゃんと授業で引用したところ、ふせんがついてるね・・・それで?」
「あれ、なんかおかしいですか?」
かすみさんは、なぜ進吾くんや明日香さんが首を捻っているのかがわからないようだ。
「さっき聞いたばかりのことで、あたしたちもよく分かってないけどね・・・かすみさん、これ、”問い”はどこにあるの?」
「もっというと、“答え”はどこだろう?」
聞きかじりにしては、良い質問だね。
その「問い」は解くに値するだろうか?
「そうなんだよ、実は、レポート課題を出すときに学生と先生との間に大きなギャップがあるんだ。先生は”問い”を作ってもらいたがっているのに、学生は”調べて書けばそれでおしまい”と思っている」
「でも、参考文献を読むこと、引用を守ることくらいしか言われなかった気が・・・」
そう、うっかり「法学入門」講義をまるまるやってしまって、「レポートはここから出発して問いを作ってみて、という課題です」ということに言及しなかったこっちにも原因があるんだよね・・・。
「さっきの4分類、下に行くほど難しいのは、“他人にとっても意義のある「問い」を立てるのが難しい”からなんだよ」
「どういうことですか?」
「君たちが何かの問題に興味を持つとする。それを調べてみたい、と思う。しかし、そこには”他人にとっても重要な問題”でなければならないし、その問いに答える必要性を最初に書かなければいけないんだ」
「でも、”報告するタイプ”レポートもあるんですよね、それも論文に繋がるんですか?」
「さっきの4分類は、問いを立てて、一応の答えを立てて、それを論理的に証拠を使って説得していくという論文執筆の各部分を、少しずつ体得させるためのものなんだ」
(イ)の指定された部分を報告するタイプのレポートは、文献の適切なまとめ方を練習するものだし、(ロ)の課題について調べて報告するタイプは、それに加えて、どういう資料を集めてくればいいのか、集めるにはどうすればいいのかを練習するものだね。
「報告するタイプは、論証するための証拠集め、の練習なんですね」
そして、(ハ)問いが与えられている課題は、「この問いが重要だって事は一応前提にしてよいから、答えを考えて説得してくれ」というメッセージが込められている。最後の(ニ)は、「問いも答えも証拠も自分で頑張って作ってみてね」という課題だ。
「なんだ、適当に本読んで文章を書けばいいってもんじゃないんですね」
「それじゃ、なんでこの問題に興味を持ったのか、を書けばいいんですか?」
「いや、それだと、君たちは”たまたまテレビで見たから”とか、”雑誌で特集されているから”くらいしか書かないだろう。その問いが、なぜ答えるに値するかを説明しないといけないんだよ」
「個人的体験から出発するにしても、もうちょっと他人の目を考えて書け、ということですか」
「うん。せめて、”この問題は(人類にとって)解くに値する!”という気持ちが表れる文章にしてほしいね」
そういう書き出しから書いてくれれば、読んでいても気持ちがいいです。
「それじゃ、一年生向けなのに、結構難しいことを聞いているんですね」
「なんで先生たちはそれがわかるようにレポート課題出してくれないんすかね」
うーん、それはなんでだろう。先生達は研究者であることが多いから、論文には「問いと答えと証拠」があるということに慣れきっているからかも知れないね。
「実は、構成とか色々と教えないといけない事があるんだけど、続きはまず自分で読んでみて欲しい」
「はい、この本を読んでみて、また分からなくなったら相談しに来ます」
かすみさんはあと1ヶ月あるから、なんとかなりそうだな。
レポート提出直前にもできること
「それじゃあ、俺はどうしよう・・・」
あ、忘れてた。明後日〆切のレポート抱えてるんだった、進吾くんは。
「さっさと家帰って続き頑張りなよ」
「いやあ、明後日なんだから、〆切12時間前のデッドヒートでなんとかするっす・・・」
いやいやいや。それはマズイ。
「一応、私も手元にあるんだけど・・・センセ、提出直前にも何かありますかね?」
うん、かすみさんにも役に立つ質問だね。
”レポート提出直前にできることはありますか?”
ちょっとしたことでずいぶん良くなる。進吾くんにハッパを掛けるためにも、ここで一言伝えておこう。
◇ぱうぜセンセのメモ◇レポート課題は大学生活最初の試練
ちょっとキツい言い方になっちゃったけど、きちんとしたレポートが書けるかどうかが専門教育の最初の壁なんだから仕方ないね。ぜひ頑張って挑んで欲しいな。レポート課題出すときには、今日した話をしてからにしよう・・・。
編集後記
読み返してみると、今回は教員モード全開の記事になってしまいました。
なお、以前のこの記事もぜひ参考にしてください。
「答えは一つじゃないんですか?」勉強と研究、そして専門教育とは
大学教員は研究者です
ただ、あらためて書いてみると、社会人の皆さんにとっても耳が痛い話なのかもしれません。
ぱうぜセンセのコメントボックスでは「バーチャルコメントボックス」を設けております。Twitterで #ashitano をつけて投稿していただければ適宜拾いますので、どしどしお寄せください。いただいた全ての質問にお答えできるか分かりませんが、とりあえず試してみることにします。似たような仕組みとして「ビストロ・アシタノ」もありますが、ビストロはアシタノメンバーみんなで答える形式になります。どうぞ両方ご愛顧ください。
2013年春から大学教員になった駆け出しの研究者。専門は行政法。
個人ブログとして対話をテーマとした「カフェパウゼをあなたと」を運営中。
http://kaffeepause-mit-ihnen.hatenablog.jp/